立春の誓い

本日、23時59分に立春を迎えるとのことで、私の中ではまだ2020年が続いています。

 

今日はこれから恵方参りへ行って、2020年のお礼参りをしようと思います。

2020年はまぁ、本当に大変だった。

おそらく世界中の人々にとって大変な年であったので、そういう意味では変な孤独感とかはありませんが。でもだからこそ問題な気がする。物理的な目に見える事象はもちろん「集団意識」として。

きっと、そんな中でも前を向いて進んでいこうという人が世を引っ張っていくのだから、具体的に何もできなくても、気持ちだけでも自分もそうありたいと思います。

 

大きな夢を描くよりも、今できること、今日できること、明日できることを見つめていたい。そして、今あるものを大切にしながら、一つ一つ手入れしてバージョンアップしていきたい。

そんな誓いを立てる立春です。

 

今朝は、朝のラーメンという誘惑に負けることなく、昨夜食べなかった生姜焼きのお肉を焼いて、わさび菜と一緒に食べました。これだけでも進歩です!

 

やっぱり、美味しい野菜というのは、シンプルに太陽の力を受けているなぁと思うし、美味しい野菜をシンプルに美味しく食べるには、ジャンクフードは合わないなと。

お菓子やラーメンを爆食いしてしまうのは、体ではなく心が人間らしさから逃げたくなっている(現実逃避のような・・・)からなのかも。

 

人として真っ当に生きていくには、今の世はやっぱり色々おかしいし、人間らしさを手放して機械みたいに生きる方がずっと楽なんだろうなぁと思う。世間やテレビの情報を鵜呑みにして、自分の頭で考えることなく。。。

 

だからジャンクフードを欲するのか!!!!!

 

でもいよいよ、体に悪いものを食べると、その後体がしんどくなるという歳になってまいりました。もう、毎日生まれ変われた若い頃の自分はいません。(少なくとも体は、ね)

 

 

今年で40を迎える夫が最近とても元気がなく、生気がなく、悲しいです。

私にできることは、きちんと体に良いご飯を作って、家をそこそこ綺麗にして、子供たちが元気に過ごせるようサポートして、それなりに自分も機嫌よく暮らすこと・・・くらいでしょうか。

 

夫は、多分自分の異変に気がついていないし(もともと鈍感な人で、それが彼の強さでもあると思う)何を聞いても、ましてや何かを責めても、何も生み出さないから。

反応がないことに対し、不安や不満に感じるのは私自身の課題であって夫には関係のないこと。

 

子を信じるように、夫のことも信じて、しばらく見守ろうと思います。

(笑顔で見守れるほど寛容ではないし、愛も溢れていないので、そぉっーっとしておこうと思います)

 

信じる、ということはとても強くてあったかいものだから。